ヴィテプスク県(ロシア語: Витебская губерния)はロシア帝国、白ロシア・ソビエト社会主義共和国の県の一つ。県庁所在地はヴィテプスク。

現ベラルーシ・ヴィツェプスク州の北東部、現ラトビア東部(ダウガフピルス、レーゼクネ、Ludza(ru)等の諸都市を含む地域)、現ロシア(ネヴェリ、セーベジ、ヴェリジ等の諸都市を含む地域)にまたがる地域を管轄していた。

歴史

帝政ロシア期

1802年3月11日、帝政ロシア元老院の法令によって、白ロシア県を二分割(もう片方はモギリョフ県)して設置された。なお、白ロシア県はポロツク県とモギリョフ県を合併させて作られた県であったが、これが再度分割されたことになる。発足時は12の郡(ウエズド)から成っていたが、1886年にスラジ郡(ru)が廃止され、以降、帝政ロシアの崩壊(ロシア革命は1917年)まで11郡体制であった。また、19世紀末のその下位区分の総数は、市(ゴロド):12、メステチコ:41、セロ:19750であった。

帝政ロシア末期のヴィテプスク県には以下の11郡(ウエズド)が属していた。

ソビエト連邦期

ソ連成立後は白ロシア・ソビエト社会主義共和国に属し、1919年にモギリョフ県からセンノ郡(ru)、1920年にゴメリ県からオルシャ郡(ru)が移管されたが、同年にドヴィンスク郡(ru)、リュツィン郡(ru)、レジツァ郡(ru)がラトビア共和国へ割譲された。1923年にゴロドク郡(ru)、ドリッサ郡(ru)、センノ郡は廃止され、レペリ郡はボチェイコヴォ郡へと改称された。

1924年3月24日には県時代が廃止された。大部分は白ロシア共和国の領域として残ったが、ヴェリジ郡(ru)、ネヴェリ郡(ru)、セーベジ郡(ru)はロシア・ソビエト連邦社会主義共和国のプスコフ県に移管された。

行政の長

出身者

出典

参考文献

  • (ロシア語) Витебская губерния // Энциклопедический словарь Брокгауза и Ефрона: В 86 томах (82 т. и 4 доп.) — СПб., 1890—1907.

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