桃園県(繁: 桃園縣、とうえん-けん)は、かつて中華民国台湾省に存在した県。1950年(民国39年)に新竹県を分割して設置され、2014年(民国103年)に直轄市である桃園市に昇格して台湾省から離脱した。直轄市への昇格直前(2014年12月)の人口は台湾地区内で最多の2,058,328人であり、人口が200万人を超えた2010年(民国99年)6月以降は直轄市に準ずる権限を有していた(通称:準直轄市)。

行政区画

1945年(昭和20年/民国34年)10月25日、日本の敗戦に伴って台湾は中華民国国民政府に接収(台湾光復)され、台湾省が設置された。現在の桃園市・新竹県・新竹市・苗栗県の範囲に存在した新竹州は、台湾省の県として新竹県に改編され、州の下に存在した郡は全て「区」に改称された。新竹州時代の州庁所在地であった新竹市が省轄市(現:市)に昇格して新竹県から分離したため、新竹県政府は桃園区桃園鎮に設置された。

1949年(民国38年)、大渓区角板郷、竹東区尖石郷・五峰郷、大湖区大安郷が合併して新峰区が設置された。

1950年(民国39年)、台湾省全体での大規模な行政区画改編に伴って新竹県が分割され、桃園区・中壢区・大渓区・新峰区角板郷の範囲を以て桃園県が設置されて4鎮・9郷を管轄下に置いた。

1954年(民国43年)、角板郷が復興郷に改称される。

1967年(民国56年)、中壢鎮が県轄市に昇格する。

1971年(民国60年)、桃園鎮が県轄市に昇格する。

1992年(民国81年)、平鎮郷が県轄市に昇格する。

1995年(民国84年)、八徳郷が県轄市に昇格する。

2010年(民国99年)、楊梅鎮が県轄市に昇格する。

2014年(民国103年)、蘆竹郷が県轄市に昇格する。

直轄市への昇格時点で、桃園県には6市・1鎮・6郷が存在していた。

県政府組織

2014年時点での桃園県政府の組織:

歴代県長

地方自治実施前

地方自治実施後

脚注

注釈

出典


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